
わが社から徒歩20分ほどのところにある駒場「日本民藝館」は、緑豊かな住宅地の中にある。少し散歩の足を伸ばしたいとき、私はよくそのあたりを散歩する。ここ「日本民藝館」は生活用具の美しさを広く知ってもらうために設立されたものだが、それだけに他の美術館にない趣をもっている。私はさまざまな生活工芸品を眺めるとき、いつも職人の重い沈黙と釣り合うほどの美に深い感銘を受ける。
ところで私は「日本民藝館」に来ると、決まってひとりの旧友を思い浮かべる。その男の名は丸山修という。思えば彼からは、ほんとうにいろいろなことを学んだ。すでに十代で、Y・タンギーやA・ガウディや数々の民藝作品を知っていたのは、彼との楽しい会話があったからだ。そして彼から学んだ最も重要なことは、有名ということに価値を感じていた頃の私が、無名人が創造した美の凄さを知ったことだ。このことは後年私の生き方に、ひとつの大きな方向性をもたらしている。
実はその丸山修は40年も昔、現在の「日本民藝館」館長柳宗理氏の弟子だった。東京オリンピックのときの聖火リレー者が持つトーチは彼が関わった仕事だったと記憶している。多分そのことが連想となって、このあたりに来ると彼を思い出すのだろう。だがかけがえのない友人だった丸山は、ある日突然バイク事故で死んだ。まだ25才の青年だった。
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